奥州須賀川総鎮守 神炊館神社

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「古事記」・「国造本紀」の伝え

天照大神からお産まれになった天津日子根命を祖とする建美依米命(たけみよりめのみこと)は成務天皇の時代に石瀬の国造として須賀川の地に御出でになりました。同命は、これから始める国づくりの仕事が滞りなく進み、人々が安全で幸福な暮らしを送ることができるよう、新穀を炊いで天地の神々に捧げ、お祈りの儀式を行い、その場所にお社を建てました。後に人々は建美依米命を慕って、この里を守る神様として祀りました。これが神炊館神社(おたきやじんじゃ)の始まりです。

二階堂家の時代

須賀川城主であった二階堂為氏は1445年に諏訪の神である建美名方命をお迎えし、建美依米命と共に御祭神としてお祀りしました。豊臣秀吉の文禄時代まで牛袋の地一帯を社領としていましたが、後には会津城主上杉家の庇護を受けるようになります。1598年、それまで神社のあった牛袋から現在の地にご神体を遷し、新たに本殿や鳥居が造られました。二階堂家は既に滅びていましたが、時の会津城主上杉景勝は、信仰心厚く当神社を護り、北門の石鳥居を寄進しています。

江戸時代〜現在

江戸時代になると朝廷より「諏訪大明神」として「正一位」の位を授かり、更に広く人々の崇敬を集め、「お諏訪さま」の名のもと、多くの参詣を受ける神社となります。俳聖、松尾芭蕉が「奥の細道」の旅の途中、当神社を参拝したのもこの頃のことです。この時代は「諏訪大明神」が神号として用いられていましたが、明治11年になり、現在の社名である「神炊館神社」に復称し、今に至っています。



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